テレビ『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』で、お茶の間から絶大な人気を誇った“ムツゴロウ”こと畑正憲さん。
自ら作り上げた“動物王国”やテレビ番組などを通じて、動物の生態を身をもって人々に伝え続けてきました。
今回は、そんなムツゴロウさんの破天荒エピソード15選をお伝えしていきます。
動物好きの穏やかな人といった印象が強い方も多いと思いますが、実はかなり豪快で大胆であることが分かりました。
ムツゴロウの破天荒な動物愛エピソード!
動物との共同生活を目指し北海道に移住したり、1972年に「ムツゴロウ動物王国」を設立するなど大の動物好きとして知られるムツゴロウさん。
その名を一躍有名にしたのが、フジテレビで放送されたテレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」です。
このように人生を動物に捧げてきたムツゴロウさんですが、大好きな動物に襲われることも少なくありませんでした。
- 1990年にアメリカでワニに引き込まれて左耳の内耳損傷の大手術
- 1999年にはアフリカのナミビアでライオンに首を噛まれる
- 2000年にブラジルでライオンに右手中指を食いちぎられ大ケガを負う。
いずれも一つ間違えば重傷になっていてもおかしくないほどの怪我です。
しかし、「けがを恐れていたら動物と付き合う資格はない」と日頃から話すムツゴロウさんにとって、これらの怪我は動物愛に悪い変化を一切及ぼさなかったそうです。
実際、大きな怪我以降も今までと変わらず積極的に猛獣と接していました。
- ライオンに右手の中指を食べられても懲りずに頭を無防備になでる
- ワニの口に笑顔で頭を入れる
- 巨大ヘビのアナコンダを首にかけ、首を絞められるも笑顔
- ライオンに首を噛み付かれても「ベリーストロング」とつぶやく
普通だったら指を噛みちぎられたライオンや、左耳を噛まれ大きな怪我を負ったワニはトラウマになりそうですよね。
しかも近づくだけでなく、一つ間違えば死さえもある行動をされているのが驚きです。
また、当時のムツゴロウさんは番組の撮影で「殺されかねない状況になっても助けないでほしい」とスタッフにお願いしていたそうです。
殺されかねない状況でも決して助けないテレビスタッフたちの無責任さに怒りを覚えたが、助けないのには理由があったという。それは、ムツゴロウが「もし死にかけても助けずカメラをまわし続けてほしい! 無駄死にになるから」と重々伝えていたからなんだと! 動物に噛まれたりすることも、「むしろ習性がわかるから嬉しい」らしい。
https://news.careerconnection.jp/entame/12280/
なんともムツゴロウさんらしいお話ですよね。
ちなみに、このエピソードを知った有吉さんとマツコ・デラックスさんは「もうこの人、マジでなんなんだ」と半笑いしていました。
今の時代であれば「危険過ぎる」「子どもに観せられない」といった理由で放送できなかったであろう、ムツゴロウさんの常人には理解不能な天才ゆえの変態性。
しかし、ムツゴロウさんを通して動物のありのままの姿を観れた価値は何にも変えがたいものだと思います!
ムツゴロウの破天荒エピソード10選!
大の動物好きとしてのイメージが強いムツゴロウさんですが、破天荒エピソードは動物にまつわるものばかりではありませんでした。
ここからはムツゴロウさんの多岐にわたる破天荒エピソードをまとめてみました!
親を説得するために東大に入学
ムツゴロウ 親は医者になれとうるさかったんだけど、僕は医者になる気はまったくなかったんですよ(笑)。当時は東大の理科2類から医学部に行くこともできたので、それで親を説得しました。でも大学では医者になる勉強はせず、アメーバの研究に没頭してました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d856985c417f385f9ee31dab224b9dffe2756767?page=2
ムツゴロウさんは意外にも東大に入学した過去をもつ高学歴です。
学生時代は予備校や塾に通ったことは一度もなく、教科書を1時間読んだだけで内容を覚えてしまうほどの地頭の良さでした。
中学2年のときには、先生にオススメされた全編英語で書かれた小説を読み切ったりもしています。
畑 覚えているのは僕が中学2年のとき、兄の担任である石橋先生という人がうちに来たんですよ。治療のためだったんですけど。それで親しくなって、「畑くん、これを読んでみなさい」と渡されたのがチャールズ・ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』。もちろん原書です。最初は難しかったですよ。僕も中学2年ですから。だけど半年もすると、スラスラ読めるようになった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2cfd8bb12f0d14ab621a57773c4fe0098c26c98a?page=3
高校生になると、英語を読むときに辞書を引くことはほぼなくなったそうです。
驚きの成長スピードですよね。
また、数学は中学の時点で大学3~4年の実力を持っていたといい、
物理に関しては、4歳上のお兄ちゃんが持っていた『物理原論』という本を1週間で読んだそうです。
初夜を思いつきで迎える
ムツゴロウさんは、妻の純子さんと中学2年生のときに交際を始めました。
元々、2人は中学の同級生であったものの別々のクラスだったそうです。
それでもお互いクラス委員ということで話す機会が多く、自然と付き合うようになったといいます。
しかし、当時は「不純異性交遊」といった言葉があったように、未成年が異性と交際をするのはかなりハードルが高かったのです。
実際、ムツゴロウさんたちも教師から『退学覚悟で付き合いなさい』と釘を差されたこともあり、学校帰りに外でちょっと話すような交際をしていたそうです。
高校を卒業後は、ムツゴロウさんは上京し、純子さんは地元で就職。
その後しばらく遠距離恋愛を続け、ムツゴロウさんが23歳のときに結婚されました。
そして、結婚をするに伴って純子さんを東京に連れていく最中に初夜を迎えたといいます。
――そしてムツゴロウさんが東大を卒業するのを待って、23歳で結婚。
純子 東京においでって言ってくれたときはもうなんだか鳥が飛び立つみたいな気分で、すぐに東京行きの列車の切符を手配しました。畑も一度大分に戻って来て、彼の実家で両家の会食をして、そのまま東京行きの列車に乗りました。
ムツゴロウ 列車には乗ったんですけど、山口で途中下車しようと僕が提案しました。ようやく結婚して、自分の倫理っていうか決まりを外して、東京へ向かう前に初夜を迎えたいなと思っちゃったんですね(笑)。それで山口で降りて湯田温泉へタクシーで向かったんですけど、タクシーなんて乗ったことがないから、カチカチ上がるメーターを凝視していました。一緒に行った大トロの寿司屋を思い出しました。それでもどうにか無事旅館に着いて念願の初夜を迎えて、あらためて東京へ向かったんですよ。
https://article.auone.jp/detail/1/5/9/136_9_r_20230406_1680751112660501
2人は交際当時から行為は結婚してからと決めていたようで、このタイミングになったといいます。
無人島で奇妙な共同生活
ムツゴロウ 無人島で人間がいないところで生活しつつ、浜中町の土地を借りて道産馬などの日本古来の馬の繁殖をしようというのが当初の計画でした。それがいつのまにか犬や猫、牛や馬に鶏などの動物がどんどん増えていって、気づけば500匹以上の動物と、世話をする40人のスタッフという大所帯の奇妙な共同生活が始まりました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d856985c417f385f9ee31dab224b9dffe2756767?page=3
ムツゴロウさんは36歳だった1971年に北海道の嶮暮帰島へ移住しています。
しかし、移住当初は苦難の連続で手作りの小屋を建てて、親子3人と小熊と犬5頭のロウソク生活。
食料は船で買いに行き、冬はマイナス20度以上まで冷え込むため犬に温めてもらいながら過ごしていたそうです。
当時、東京に帰りたいと泣いていた娘さんも何やかんや適応し、今では嶮暮帰島で暮らした1年を「自分の人生の中で素晴らしい1年だった」と振り返っています。
その後、無人島での生活にも慣れ、気がついたら動物500匹以上、スタッフ40人の大所帯になっていました。
知らない人と3年間一緒に住んでいた
北海道の嶮暮帰島での生活をする中で、スタッフの数も次第に増えていきました。
ムツゴロウさんが海外ロケで7か月くらい家をあけたときには勝手に居ついちゃっている人や、居ついた人同士で結婚したり、子どもを産んだりするなどやりたい放題。
そんな環境ということもあり、3年間一緒に住んでいたスタッフを初対面と思ったこともありました。
――住み込みのスタッフの方も多くいたんですよね。
ムツゴロウ 動物もですけど、人間も正確に何人いたかはよくわからないんですよね。生活を捨てて北海道にたどり着いた人がいついちゃったり、弟子にしてくれと言って来たり、いろんな人がいましたから。食事はみんなで一緒にしていましたけど、見慣れない顔だなと思って「最近来た人?」と声をかけたら「3年前からいます」なんてこともありました。
https://bunshun.jp/articles/-/61940?page=3
これまたムツゴロウさんらしいエピソードですよね。
懐が深く、来るものは拒まず精神などは見習いたい部分です!
ギャングに囲まれても動じない
穏やかにみえるムツゴロウさんですが、実はかなりの強心臓の持ち主です。
それが一番表れたエピソードが、1982年頃にライオンやゾウに会いに南アフリカのケープタウンへ行った時でした。
ホテルの向かいにある銀行へ両替に行ったところナイフを持った6人組に囲まれます。
このときムツゴロウさんは意外な方法で切り抜けられたのです。
ムツゴロウ 僕らを囲んだ6人組はみんなナイフを持っていました。でもよく見ると、自分にナイフを突きつけている毛深い手が、ブルブル震えてるんですよ。それで僕は、男たちにわからないように日本語で同行者と「やってやろう。ケガしたらその時だ」と相談して、1、2、3とタイミングを合わせて大声で「コノヤローーー!」って叫んだんです。そしたら向こうが逃げました(笑)。
https://bunshun.jp/articles/-/61940
一緒にいたプロデュ―サーは「車で犯人を捜してやる」と怒ったそうですが、ムツゴロウさんは、
「生まれた国は貧富の差が激しくて、そこへ僕らみたいなのが来たら襲う気持ちだってわかる。それに僕らが警察に通報したら、彼らはその国でさらに生きづらくなってしまうでしょ。」
と止められました。
麻雀にハマりすぎて10日間も家に帰らない
実は、ムツゴロウさんはプロ雀士の顔も持ち、日本プロ麻雀連盟の最高顧問を務めています。
段位は九段とかなりの腕前です。
麻雀は高校2年のときにお兄ちゃんの影響で始めたといい、30代の頃には大晦日と正月をまたいで10日間連続で打ち続けるほどドハマリしていました。
しかし、それが災いし、当時奥さんにはこっぴどく怒られたようです。
ムツゴロウ 12月28日に雀荘に入って、寝ないで打ち続けていたら財布がどんどん厚くなっていってね。でも負けはじめると今度は薄くなっていく。そういう増減がおもしろかったんですよ。「お金があるならいくらでも勝負してやる」なんて言いながら打ち続けて、結局1月7日に11日ぶりに家に帰ったのかな。家のドアを開けたら女房に「テメー何してるんだよ!」って怒鳴られましたよ(笑)。僕は「すみません、すみません」って謝りっぱなしでした。
https://bunshun.jp/articles/-/49898?page=2
必死で謝っているムツゴロウさんを想像したらなんか可愛らしいですよね!
ギャンブルのお金で家計を支える
ムツゴロウさんは大学院時代、研究の目的を見失い、突然家を飛び出します。
しかし、このとき奥さんは妊娠中。
そのため飛び出した先でギャンブルをし、そこで稼いだお金を奥さんに送金していました。
ちょうど産まれるくらいのタイミングで僕は山谷からお金を送っているんです。子どもができると、当然、お金は必要ですから。たしか2万円だったと思います。それもギャンブルで稼いだお金なんですけど(笑)。
https://getnavi.jp/life/391726/
※山谷は、大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町と並ぶ日本三大ドヤ街のひとつ
当時、小学校教諭の初任給が約2万円と言われていたので、その額を送っていたと考えると凄いですよね!
実際、家に帰った際には奥さんに感謝されたそうです。
その2万円について非常に感謝されましたね。「あのときの2万円は本当に助かった。あれがあったから、いろんな人に頭を下げないで済んだんだ」って。
https://getnavi.jp/life/391726/
家をタバコ基準で作る
ムツゴロウさんは、1978年に北海道の中標津町のログハウスに移住しています。
移住地の決め手は、広くて、川が流れていて、馬が喜んで草を食べれることだったようです。
そんな中標津町で建てたログハウスには、ムツゴロウさんのあるこだわりがありました。
ムツゴロウ あ、僕はタバコをたくさん吸いますのでそれだけは勘弁してくださいね。フィンランドから運んだヨーロッパアカマツでこの家を作るときもね、タバコの煙が抜けるように作ったんですよ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d856985c417f385f9ee31dab224b9dffe2756767?page=1
愛煙家の一面ももつムツゴロウさん。
なんと家の構造をタバコの煙が抜けるように作るといった異彩ぶりを発揮されていました。
82歳で入院中に喫煙
ムツゴロウさんは81歳のときに心筋梗塞を発症し緊急入院。
その後も入退院を繰り返していました。
そんなある日、病院でどうしてもタバコが吸いたくなり、外に身を乗り出して吸ったそうです。
――心臓の病気などもされていますが、禁煙しようと思われたことはあるのですか?
https://bunshun.jp/articles/-/49898?page=3
ムツゴロウ ありませんね。82歳でドクターヘリで搬送されて入院したときも、病室の窓から上半身を外側に乗り出してタバコを吸っていたらすぐにナースが飛んできて、僕は「上半身は病院の外だよ」って説明したけど通じなくて怒られました。今度同じことをしたら病院を出ていってください、とね。
さすがに看護師さんに怒られたようですが、行動力はさすがといった感じですね!
70歳過ぎて背負った3億の借金を完済
1972年、ムツゴロウさんは北海道厚岸郡浜中町に『ムツゴロウ動物王国』を開園しました。
その後、2004年にある運営会社が『ムツゴロウ動物王国』を東京で運営したいと言い、名前だけを貸し経営には一切関わりませんでした。
そのため運営やグッズで儲かったお金は一銭ももらってなかったようです。
しかし、集客に悩み、2年後に運営会社が破綻。
運営会社の負債総額は9億円にのぼり、保証人だったムツゴロウさんは3億円の借金を抱えることになりました。
しかもこのときムツゴロウさんは72歳。
多くの人が自己破産するだろうと思っていたのですが、なんと8年かけて完済されました。
僕は男だからね。うちにいた人間が作った借金は全部責任を持ちます。それが男としての生きざまだからね。
クソみたいな連中が作った借金であろうと、責任を持たなければならない。それだけの話。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140925-00010000-shincho-ent
かっこよすぎますよね!
ちなみに、このときの主な収入源は以下だったようです。
- 毎週1回の衛星放送のテレビ番組
- テレビ番組のゲストや解説者
- 全国で動物学校の講師やイベント、トークショーを開催
- 雑誌や新聞のエッセイ執筆
- 雑誌や新聞のイラスト作成
私も日々の生活で大変に感じることも多いのですが、ムツゴロウさんのようにバイタリティ溢れる人間になりたいですね!
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